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福士加代子(マラソン)の過去の活躍を紹介!結婚相手の旦那や子供について

福士加代子(ふくしかよこ)選手は、誰もが知っているほど超有名な長距離ランナーです。3000mと5000mの日本記録保持者で10000mと15キロのアジア記録も持っているんですよ。

ドーハアジア大会の10000mでは金メダル、世界陸上モスクワ大会10000mで銅メダル4大会連続オリンピック出場とまさに長距離界の女王として君臨する存在なのです。

ねこ太
ねこ太
マラソンランナーとしても凄い選手だよね!

そうなんです。でも2008年一般参加で出場した大阪国際女子マラソンが初マラソンですが、散々だったんですよ。序盤独走したものの30キロで失速し、その後4度も転倒して19位という信じられない順位に終わってしまったんです。

2012年に再び大阪国際女子マラソンに挑戦しますが9位と奮いませんでした。5000m・10000mでは敵なしの福士選手ですが、マラソンは駄目なのか、多くのマラソンファンからそんなため息が出るレースだったのです。

マラソン選手に必要な持久力が彼女にはなかったのが一番の原因でした。

しかし、不屈の女王はそんな事でへこたれる人ではありません。

失速を防ぐためにスローペースの練習を繰り返し行い持久力を養ったのです。そして満を持して迎えた2013年の大阪国際女子マラソンでは初優勝、2016年の同大会では2時間22分17秒の自己最高記録で圧勝したのです。

2017年に結婚という幸せにも恵まれ、今回再び東京オリンピックを賭けて大阪国際女子マラソンに挑戦するんですよ。

年齢36歳、おそらく東京オリンピックが最後のチャンスとなるでしょう。背水の陣で迎える大阪国際女子マラソン!その闘志溢れる走りに注目が集まっています。

ここではそんな福士選手のプロフィールや経歴、結婚相手の旦那さん、そしてお子さんについてご紹介します。

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福士加代子選手ってどんな人?

福士選手と言えば、先ず思い浮かぶのは「元気」「明るい」「とびきりの笑顔」!本当にどんな時も笑顔を絶やさない人です。

そんな彼女ですから名言(迷言?)もたくさん残してるですよ。

「(記録更新は)大きいですよー。乳首3つ分くらいですかねぇ」(2002年アジア競技大会5000mで日本記録を更新して銀メダルを獲得した時の弁)

「マラソンを走るつもりはない。2時間以上あるなら走り続けるより映画を見たい」

「生まれたての子鹿みたいになっちまいました」(初マラソンで4回転倒した時の弁)

「計算なんてしてなくて、もう1キロ2キロで死ぬだけ行ってみようと思って」

「いやー獲れると・・・金メダル獲れると思ってたんですけど、銅メダルでごめんなさい」(世界陸上選手権で銅メダルを獲った時の弁)

「ちょっと前がいると元気になる感じで、初めて『あ、これが昔のアタシか』と思って。『元気になるな、抜くとき』って違う自分を見られました」

「勝利や五輪よりも、自分の記録を目指している」

「リオ、決定だべ~!」

「若いうちはどんどんやれ!30代になったら話のネタになる(笑)」

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どうです、言葉を聴くだけで福士選手がどれほどユニークな選手なのかが分かるでしょ!でも、短いフレーズで思いを端的に表せるなんて凄い才能ですよね。

コメディアンだってそうはいきません。なによりカッコいいですよね、その生き方!

レース後の彼女のコメントを聴くのを楽しみにしているファンも多いんですよ。勝っても負けても揺るぎない彼女の明るさは観るものも元気にしてくれるんです。

そんな幸せというプレゼントをくれるカリスマ性は彼女の一番の特徴と言えるでしょう。

レースでも明るく前向きですね。みちのくの爆走娘という愛称が付けられるほどのスピードランナーです。

駆け引きよりもとにかくスピード、マラソンに転向する前までは、走り出したら誰も止められないほど5000mと10000mでは無敵の存在でした。

初マラソンとなった2008年の大阪国際女子マラソンでは失速して19位、子鹿のように何度も転んでは起きて走り出す彼女の姿を記憶しているファンも多いのではないでしょうか。

さすがのトラックの女王もマラソンは簡単なものではなかったんですね。しかし、彼女の不屈の魂は驚くべきものです。2012年・2013年の大阪国際女子マラソンを連覇、きっちりとリベンジを果たしたのです。

明るい笑顔の陰には、とてつもない努力の裏打ちがあるんですよね。あのとびきりの笑顔は練習による自信があればこそなんです。

とは言っても、彼女も36歳になります。マラソンランナーとしてピークを過ぎたのではないかと感じているファンも少なくはありません。今回の大阪国際女子マラソンは1年半ぶりの挑戦となります。そのブランクを不安視しているファンもいます。

そだけに今回のレースの行方を全ての人が注目しているんです。いい意味で期待を裏切ってくれるのが福士選手です。不安を拭い去るような会心のレースを見せてくれるかもしれませんよ!

では次に、福士選手のプロフィールと経歴をご紹介しましょう。

福士加代子選手のプロフィールと経歴について

プロフィールについて

名前:福士加代子(ふくしかよこ)
生年月日:1982年3月25日
出身地:青森県北津軽郡板柳町
血液型:A型
身長:161cm
体重:45Kg
所属:ワコール

青森県の県民性は「我慢強さ」!厳しい冬が長い青森県ですから我慢強くないとやっていられませんよね。福士選手もそんな県民性を受け継いでいるように見えます。

どんなに引き離されていても必死に食らいつく走りは心に響いて来ます。その精神力は36歳になっても変わっていません。普通の人はそろそろ守りに入る年齢なのに驚きです。

■五所川原工業高等学校
決勝進出(1998年高校2年:インターハイ3000m)
決勝進出(1998年高校2年国民体育大会3000m)
優勝(1999年高校3年:東北インターハイ予選800m)
優勝(1999年高校3年:東北インターハイ予選3000m)
3位(1999年高校3年:アジアジュニア陸上5000m)
■ワコール時代
(2000年)
4位(世界陸上5000m)
5区区間賞(国際千葉駅伝)
1区2位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2001年)
1区区間賞(全国都道府県対抗女子駅伝)
6区2位(横浜国際女子駅伝)
2位(日本選手権5000m)
3位(KBC-NACHT VAN DE ATLETIEK(ベルギー)5000m)
1位(全日本実業団対抗陸上5000m)
1位(全日本実業団対抗陸上10000m)
1位(国民体育大会5000m)
1区2位(国際千葉駅伝)
3区区間賞/16人抜き(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2002年)
9区区間賞(全国都道府県対抗女子駅伝)
2区区間賞(横浜国際女子駅伝)
15位(世界クロスカントリー7.7km)
7位/8:44:40日本記録(ゴールデンリーグ第2戦3000m)
1位(日本選手権5000m)
1位(日本選手権10000m)
2位(KBC-NACHT VAN DE ATLETIEK(ベルギー)5000m)
4位(スーパー陸上2002ヨコハマ5000m)
1位(全日本実業団対抗陸上5000m)
2位(アジア競技大会2002釜山5000m)
2位/30:51:81日本記録(アジア競技大会2002釜山10000m)
3区1位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2003年)
1位(日本陸上競技選手権大会10000m)
6位(スーパー陸上2003横浜5000m)
2位(全日本実業団対抗陸上10000m)
3区3位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2004年)
9区区間賞(全国都道府県対抗女子駅伝)
2位(国際グランプリ陸上大阪大会5000m)
1位(日本陸上競技選手権大会兼アテネオリンピック代表選手権選考競技会(鳥取)10000m)
26位(アテネオリンピック10000m)
5区5位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2005年)
1位(日本陸上競技選手権大会5000m)
1位(日本陸上競技選手権大会10000m)
12位(世界陸上ヘルシンキ大会5000m)
11位(世界陸上ヘルシンキ大会10000m)
12位/14:53:22日本記録(Golden League 第2戦5000m)
1位(全日本実業団対抗陸上競技選手権大会10000m)
5区区間賞(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2006年)
9区区間賞(全国都道府県対抗女子駅伝)
1位(第20回福岡国際クロスカントリー大会シニア6km)
6位(第34回世界クロスカントリー選手権福岡大会8km)
1位/1:07:26日本記録&アジア記録 (香川丸亀ハーフマラソン)
15キロ地点の46:55は15kmの日本記録&アジア記録でもある。
1位(仙台国際ハーフマラソン)
1位(日本陸上競技選手権大会5000m)
1位(日本陸上競技選手権大会10000km)
1位(全日本実業団対抗陸上競技選手権大会10000m)
6位(世界ロードランニング選手権20km)
1位(アジア競技大会10000km)
5区1位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2007年)
1位(日本陸上競技選手権大会5000m)
14位(IAAF世界陸上競技選手権5000m)
11位(IAAF世界陸上競技選手権10000m)
2区2位(千葉国際駅伝)
5区1位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2008年)
19位(大阪国際女子マラソン)
3位(日本陸上競技選手権大会5000m)
3位(日本陸上競技選手権大会10000m)
予選10位(北京オリンピック5000m)
11位(北京オリンピック10000m)
3区5位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2009年)
2位(日本陸上競技選手権大会5000m)
3位(日本陸上競技選手権大会10000m)
9位(IAAF世界陸上競技選手権大会 ベルリン10000m)
5位(全日本実業団対抗陸上競技選手権大会5000m)
4位(全日本実業団対抗陸上競技選手権大会10000m)
3区区間賞(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2010年)
9区区間賞/15人抜き(全国都道府県対抗女子駅伝)
3位(国際グランプリ大阪大会5000m)
1位(日本陸上競技選手権大会5000m)
1位(日本陸上競技選手権大会10000m)
2位(全日本実業団対抗陸上競技選手権大会10000m)
5位(広州アジア大会5000m)
4位(広州アジア大会10000m)
3区区間賞(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2011年)
9区区間賞(全国都道府県対抗女子駅伝)
※5月に左足甲良性腫瘍摘出
2位(シカゴ・マラソン)
3区3位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2012年)
9位(大阪国際女子マラソン)
2位(日本陸上競技選手権大会5000m)
2位(日本陸上競技選手権大会10000m)
1組8位(ロンドンオリンピック5000m)
10位(ロンドンオリンピック10000m)
3位(本実業団対抗陸上競技選手権10000m)
3区区間賞(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2013年)
1位(大阪国際女子マラソン)
3位(世界陸上選手権マラソン)
3区13位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2014年)
9区2位(全国都道府県対抗女子駅伝)
6位(ベルリンマラソン)
※2014年~2015年8月まで3回の足の骨折
(2015年)
4位(シカゴマラソン)
3区12位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2016年)
1位/2:22:17自己ベスト(大阪国際女子マラソン)
14位(リオオリンピック/マラソン)
(2017年)
※3月17日結婚
3区14位(全日本実業団対抗女子駅伝)
(2018年)
7位(2月香川丸亀国際ハーフマラソン)
6区区間賞(10月プリンセス駅伝)
3区5位(11月全日本実業団対抗女子駅伝)
6位(12月山陽女子ロードレース大会ハーフマラソン)

福士選手は、五所川原工業高等学校出身です。五所川原市は1月から3月まで多い日は1メートル以上も積雪がある豪雪地です。冬場の練習は困難を極めたでしょうね。

しかし、そんな中でも福士選手はインターハイや国体の決勝に進出するほどの活躍を見せました。

その後、アジアジュニア陸上5000mでは3位に輝いています。ウィキペディアでは高校まではこれと言った成績を残せなかったと記述されていますが、実際はそれなりの活躍をしています。

特に3年の時の東北インターハイ予選では800mと3000mで素晴らしい走りで1位になりました。この活躍が当時のワコールの小出芳雄監督(現:佐倉アスリート倶楽部代表取締役)の目に留まったのがワコール入りのきっかけになったんですよ。

うさ子
うさ子
小出監督と言えば、シドニーオリンピックのマラソンで金メダルを獲った高橋尚子選手を育てた監督だよね!

その他にも有森裕子選手(バルセロナオリンピック銀メダル)や鈴木博美選手(世界陸上アテネ大会金メダル)・千葉真子選手(世界陸上針大会銅メダル)など多くの長距離ランナーを指導した名監督なんです。

そんな監督に注目されたんですからよほど素晴らしい走りをしていたんでしょうね。

2000年に実業団ワコール(卸売事業本部ウエルネス事業部事業企画課在籍)に入社するとその才能は一気に開花しました。入社した年には千葉国際駅伝で区間賞全日本実業団対抗女子駅伝では2位と素晴らしい走りを多くの駅伝ファンに印象付けました。

その後は、毎年のように日本陸上競技選手権大会の5000m・10000mに優勝トラックの女王と言われる活躍を見せます。経歴に書ききれないほどの大活躍です。

5000mと10000mでは3回のオリンピックを経験しています。これだけトラックで活躍すると当然マラソンを走って欲しいと多くのファンが願いました。でも、福士選手は最初の頃マラソンランナーになることを拒否していたんですよ。

2時間マラソンを走るなら映画を観た方が良い!と言ったほどでした。しかし、北京オリンピック後の2008年、突然大阪国際女子マラソンで初マラソンに挑戦します。福士選手がマラソンを走ることはないのではないかと多くのファンが思っていただけに驚きの出場でした。

ところが、この初マラソンでは4度の転倒で19位とファンをがっかりさせる成績に沈んでしまったのです。その後の2012年の大阪国際女子マラソンにも挑戦しましたが9位とこれも不本意な成績に終わりました。

結局、ロンドンオリンピックも10000mでの出場になりました。多くのファンはもう福士選手がマラソンを走ることはないのではないかと思いました。

しかし、福士選手は、マラソンランナーとしての夢を捨てていなかったのです。不甲斐なく終わった2つのマラソンのリベンジをしたいという思いが常に胸にあったのでしょうね。

そして、2013年の大阪国際女子マラソンに出場、これが3度目の挑戦です。そしてついに優勝という栄冠を手に入れたのでした。その後も勢いは止まりません。

2016年の同大会では自己ベストで圧勝し、マラソンの福士選手を印象付けることになりました。これを機に福士選手は完全にマラソンに転向することになった記念すべきレースでした。

そして、4度目となる2016年リオオリンピックは初めてマラソンランナーとして出場することになりました。14位と結果は思うようなものではありませんでしたが彼女らしい素晴らしい走りを見せてくれたんですよ。

2017年3月には結婚を発表。そろそろ引退なのかとファンをヤキモキさせました。しかし、マラソンへの情熱は失っていなかったのです。2016年以降マラソン出場はなく、今回の大阪国際女子マラソンはリオオリンピック以来の出場になります。

本人にとってもファンにとっても不安と期待の入り混じったレースになる事でしょう。でも、不屈の精神を持った福士選手のことです、必ずやケレン味のない走りでファンを喜ばせてくれることでしょう。

次に結婚相手で旦那さんとお子さんについてご紹介します。

福士加代子選手の旦那さんとお子さんについて

2017年3月17日に福士選手は入籍しましたが、結婚相手については一般男性こと以外は公表していません。しかし、インスタグラムには下のような写真が公開されています。おそらくはこの写真の顔が隠されている方が旦那さんだと思われます。

かなりの長身ですよね。福士選手は身長161cmですから180cm以上あるのではないでしょうか。福士選手より6歳年上だそうです。マラソン関係者との噂もありますが実のところどうなのかは今のところ分かりません。

でも、東京オリンピックに挑戦するくらいですからきっと旦那さんがしっかりサポートしてくれているんでしょうね。

お子さんは今のところいません。今は東京オリンピックの挑戦という大きな勝負の時期ですし、それが終わってからになるんでしょうね。きっとお子さんは福士選手の才能を引き継いでくれることでしょう。将来彼女の夢をたどってオリンピックに出場するなんてことになるかもしれませんよ。

最後に

福士選手のマラソンの歴史そのものの大阪国際女子マラソンでまた新しい歴史を作って下さい!

福士選手には1年半のブランクがあります。2018年は2月の香川丸亀国際ハーフマラソンで7位、12月の山陽女子ロードレース大会ハーフマラソンで6位という成績を残していますが、マラソンからしばらく離れているのが不安要素になります。

ただ、それは36歳という年齢を考えた調整方法ゆえなのかもしれません。年齢を考えるとそろそろ限界なのではないかと思っているファンも少なくはありません。

でも、マラソンというスポーツは年齢だけで語れるほど単純なものではありません。

ねこ太
ねこ太
カルロス・ロペスって選手は37歳で金メダル獲ってるよね!

そうです、ポルトガルのカルロス・ロペス選手はロサンゼルスオリンピックのマラソンで金メダル獲った時の年齢は37歳です。

福士選手は、反骨精神たっぷりの選手ですし、ライバルに負けたくないという強い思いがあります。それに度々人を驚かせるような偉業を成し遂げてきた選手なのです。

常識では考えられないような素晴らしいレースを見せてくれるかもしれません。結果はどうなろうと彼女らしい感動的な走りを期待して応援しますね!

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