ストウハとキスミーの意味とは?人間の証明のテーマをネタバレ

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770万部を超えるベストセラー小説の『人間の証明』。
2017年3月に藤原竜也主演のキャストのドラマとして5回目の映像化がされ、再び話題になっています。

だからこそ『人間の証明』の重要キーワードである「ストウハ」と「キスミー」という単語について

・「キスミーって何だったの? 解説して欲しい」
・「ストウハって結局、何?」
・「単なるダジャレみたいな謎だったの?」
・「見逃したので、ネタバレが知りたい」

と疑問に思う人が増えているようです。

そこで今回は、原作を完読済みの私が「ストウハ」と「キスミー」がズバリなんだったのかお教えします。

また、単に単語の意味を書くだけではなく、テーマ的な部分もひっくるめて、解説しますね。

※注意点ですが、完全なネタバレです。「原作やドラマの録画動画を見る予定がない」「見るけどネタバレOK」という方だけお読みください。

ストウハとキスミーの意味とは?

さて、『人間の証明』ではいろいろな謎が散りばめられながらストーリーが進行します。その中でも、ミステリーの謎らしく提示される「ザ・謎」なキーワードがこの2つでした。

・「ストウハ」とは何なのか?
・「キスミー」とは何なのか?

どちらも、第一被害者のジョニー・ヘイワードが口にした言葉です。

「一体どういう意味なのか?」「ダイイングメッセージなのか?」と匂わせつつ物語は始まっていきます。

では、以下、ズバリ答えを書きます。

ストウハ=麦わら帽子【ネタバレ】

結論から言えば「ストウハ」とは、「ストローハット」、つまり「麦わら帽子」のことでした。

外国人のジョニー・ヘイワードが「ストローハット」と発音したのを日本人の登場人物が聞き取れなくて「ストウハ」という意味不明な言葉だと思ったわけです。

こう聞くと「え? ただの聞き間違いかよ」と思ってしまいますよね。

ただ、「ストウハ」に込められた意味が深いのです。

真犯人のネタバレをすると、冒頭で息絶える被害者のジョニー・ヘイワードは、実の母親・八杉恭子に刺されていました。

が、しかしジョニー・ヘイワードは、母のためを思い、反抗せず、迷惑をかけず、一人でひっそり永眠する選択をします。ジョニーは言おうと思えば、「犯人はあいつだ!」と最後に言い遺せました。なのに、言わなかったのです。

そして静かに、母にもらった麦わら帽子と『西條八十詩集』の「麦わら帽子」という誌を血まみれになりながら思い出していました。

薄れかける意識の中、ニューオータニビルをみたジョニー・ヘイワードは、ビルの上の円形すら麦わら帽子に見えたようです。

ストウハの意味 ビルの画像ネタバレ
↑麦わら帽子に見えたというビル

息絶える寸前まで、自分を刺した母をそれでも想ったわけですね。

ジョニー・ヘイワードが追想したという『西條八十詩集』は、以下のような誌だそうです。

母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。

母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
僕はあのときずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、
紺の脚絆に手甲をした。
そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
けれど、とうとう駄目だった、
なにしろ深い谷で、それに草が
背たけぐらい伸びていたんですもの。

母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。

母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いた
Y.S という頭文字を
埋めるように、静かに、寂しく。

~西條八十「帽子」より引用~

ということで「ストウハ=麦わら帽子=母への情」を意味しているのです。

キスミー=霧積【ネタバレ】

続いて、「キスミー」。

一体どんなキスを意味しているのか、と思わせて、なんとこちらも単なる聞き間違いでした。

ジョニー・ヘイワードは「『霧積』へ行く」と言ったのですが、英語圏の登場人物が聞き取れなくて「『キスミー』(へ行く)」だと勘違いしていたのです。

こう説明されると、「なんだよ聞き間違いばかりじゃないか」と文句を言いたくなるような、ちょっと残念なトリックに感じますよね。

ただ、これも単なる聞き間違だけでもないのです。

ジョニー・ヘイワードは「キスミー」つまり「キスしてくれ」=「僕を愛してくれ」と愛を求めている単語を発したように勘違いされました。

ただ、実際にジョニー・ヘイワードは、本当の母に再開したくて行動していたのです。ですからたしかに愛を求めていたのですね。

したがって、聞き間違いは聞き間違いですが、ある意味「図星だった」とも言えます。愛に飢えている気持ちが他人に透けて見えていたのかも知れません。

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人間の証明のトリックよりテーマ

「ストウハ」も「キスミー」も、ミステリーのトリックとしては正直ガッカリな答えです。

単なる聞き間違いですからね。「なんだそれだけか!」「ダジャレか!」と思った読者、視聴者も多いでしょう。

ただ、森村誠一の『人間の証明』はトリックを楽しむタイプの小説ではないのです。テーマの部分に浸って楽しむ作品なのです。

では、『人間の証明』のテーマとは何なのでしょうか?

人間の証明のテーマをネタバレ解説

テーマの解釈の仕方はいろいろあります。

ただ、私なりの言葉で言えば『人間の証明』は「親子の情と人間性を守れるか?」が描かれた作品です。

『人間の証明』の主要登場人物は、親子関係に何かしらのコンプレックスを抱えています。

そして、一人ひとりが「人間性を捨てて犯罪に走ってしまうのか?」という葛藤を試されるのです。ある人物は人間性を捨て、ある人物は人間性を持ち続けるような物語になっています。

と、言われても、群像劇スタイルのため、どのような人物がいたか混乱しがちですよね。「分かりにくかった」という方のために、ちょっと整理してみましょう。

主要登場人物の親子関係と人間性

第一被害者のジョニー・ヘイワードは、実の母である八杉恭子に再開したくて行動していました。

その八杉恭子は、隠し子であるジョニーヘイワードを人生の汚点のように考えていました。そして、テレビで「成功者」を演じながら、日本人の夫との息子・恭平を表面上可愛がるふりをしつつ、実際はろくに子育てもせずにいました。

そんな恭子に甘やかされて育てられた恭平は、不良になり薬や不純異性交遊などに溺れていました。心の中には、かまってくれなかった母への恨みがあったようです。子供っぽくクマのぬいぐるみを持ち歩いていたのも、マザコンの一面でしょう。

その恭平が、両親からの愛を感じられない虚しさを埋めるように夜遊びをしていたら、人を轢いてしまいます。マザコン性を表すぬいぐるみのせいで、犯罪が見つかりそうになるのは、皮肉な展開です。

そうした事件を追う棟居刑事は、4歳の幼少期に父を失った過去を背負っています。棟居刑事の父は、見知らぬ少女を助けるために、アメリカ兵から拷問を受けました。棟居はそれを、目の前で見ていたのです。

棟居刑事は、その理不尽な暴力への憎悪感が正義感に変わり警察官になりました。ところが、一緒に犯罪捜査をすることになるケン・シュフタン刑事が、実は棟居刑事の父を拷問したアメリカ兵だったとと知ります。つまり、一番憎む相手が職場にいたのです。

さらに、数十年前にアメリカ兵に襲われていた少女が、実は八杉恭子だったと判明します。ということは、せっかく父が助けてやった少女が、犯罪者になっていたというわけです。棟居刑事はやるせない気持ちになりつつも「八杉恭子の人間性」を最後に試す選択をします。

こうして見ていくと、主要登場人物は「親子」に対しての悩みを持っていることと、「人間性を試されていること」が分かりますね。

・母を想い、「人間性」を保って息絶えたジョニー。
・母や父への渇望から不良になり、「人間性」を持てない恭平。
・子を隠したり利用したりして、犯罪を繰り返したが、ラストで「人間性」を見せる恭子。
・父を失った憎悪を抱きつつ、刑事として正しく「人間性」を信じようとする棟居刑事。
・昔、「人間性」を捨てて拷問をしたしっぺ返しを受けるケン・シェフタン。

「親子の情」と「人間性」がキャラクターごとに対比されている作品というわけです。

「ストウハ」や「キスミー」といった謎解くはガッカリなレベルなのですが、テーマに浸ると考えさせられる作品となっていますね。

まとめ

以上『人間の証明』のネタバレでした。

・「ストウハ」とは「ストローハット=麦わら帽子」の聞き間違い
・「キスミー」とは「きりつみ=霧積」の聞き間違い
・『人間の証明』は謎解きよりも、親子の情や憎悪などのテーマを楽しむ作品
・登場人物ごとにテーマである「親子の情」と「人間性」が対比されている

ということですね。

私自身、最初に『人間の証明』を読んだときは「ミステリー小説としては、ずいぶん雑な謎解きだな(苦笑)」と思ってしまいました。

正直、さほど面白いとも感じなかったのです。
しかし、なぜか忘れられない、心に残る読後感はありました。

それで時々内容を思い出したり、テーマについて考えているうちに「ああ、文字通り『人間性を証明する物語』になっているんだな。名作と呼ばれる意味が分かってきた」と思えてきたのです。

藤原竜也主演ということでドラマを見てみた人の中には、かつての私と同じように「しょぼい謎だったな」と感じる方もいるでしょう。ですが、もう一歩踏み込んで考察してみると、人生の中でも心に残る一作になるかも知れません。

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